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現代に生きる私たちにとって、能の台本である謡は難しいと感じられるかもしれませんが、それは和歌や「源氏物語」などの古典を引用しつつ練り上げられたまことに美しい詩であるといえます。
読めば読むほど味わい深いものですが、ただ聞くだけでも花鳥風月に彩られた美しい情景が広がります。 |

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能は大きく「脇能」「修羅能」「鬘物」「雑者」「切能」の五つに分けることができます。
一口に能といっても物語の展開を楽しむもの、激しい戦いのあるもの、迫力のある鬼の出るもの、しっとりとした女の人が舞う能などいろいろなものがあり、さまざまな面白さがあるのです。
しかし、すべてに共通するのは人間の普遍的な思いを扱っているところでしょう。
そこには常に深いドラマが生まれます。 |

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「舞」も能の見所の一つです。
謡が止まり、囃子に合わせて舞う登場人物を見ながら観客は自由に想像力をふくらませることができるでしょう。
また、囃子は「間」を大切にして能を盛り上げます。
音楽と動きが一体となる、まさに能はミュージカルといえるでしょう。 |

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能を見る楽しみの一つに美しい「面」や「装束」を見るということがあるでしょう。
能装束が現在のように豪華になったのは江戸時代になってからといわれますが、説明的でなく、象徴的に人体を包む装束は能の表現をさらに豊かにします。
一方面は世阿弥の頃すでに現在のようなものが生まれていました。
能の魅力が集約されているような面はいくら見ても見飽きない美しさです。 |
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どうでしたか?
このようにさまざまな魅力の総合体である能を完成させる最後の・・・そして最も重要な要素は見ている人の心です。
能は観客の想像力を豊かにふくらませます。能の「正しい見方」といものはありません。まことに自由なものです。
ですから同じ曲を何度見ても新しい感動があります。何回上演されても能は常に新しいのです。
さあ、あなたも能の新しい歴史にご参加なさいませんか?

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